■
第1話『流血無き苦闘』・7
最後の再録。
「それじゃ…子供に卵盗られちゃったの?」
作業着姿の女は卓上のマフィンをつつきながら、ゾイドの話を聞き、そう言った。
呆れたような、面白がるような、そんな響きが声には含まれている。
今朝の出来事を、何の気なしに話した時の事だ。
ゾイドにも情けないとの思いはある。それ程の腕では無かったが、紛争地域で鳴らした勘に、
一定の自信を持っていたからだ。
「情けない事に、な」
「まぁ、店長らしいけどね」
言って、フォークで千切ったマフィンをジャムに付け、口に運ぶ。
「ただ…そんな事が多いと、誰かさん達を喜ばせちゃうわよ?」
「誰かさん? 例の、【街を綺麗にする会】か?」
言葉の意味に辿り着き、溜息を支度するような表情を作るゾイド。
そうそう、と苦笑で答える女。
街を綺麗にする会…中流階級の主婦層を中心に、スラム、そして、その住人を廃しようとの市民団体。
現在、基金を募り、公設孤児院や職業訓練場建設を提唱しているが…
「何だかんだ言って…隔離だからな」
「この街の自由な雰囲気が好きだったんだけどなぁ…」
二人で呟くも、具体的にどうこうしようと言う話にはならない。
庶民には、そんな暇も力も、根性も無い。
「んく、んぐ!」
朝に似つかわしくない、やや鬱屈した空気を払うように、女はカップに残った茶を一息に飲み干す。
「ご馳走様! じゃあね! 店長」
「ああ、船長に宜しくな」
勢い良くドアを開け、仕事に向かう女性飛行船クルーを見送り、窓から覗く、日の昇り具合を確かめる。
「さて…次の支度に移るかな」
昼のメニューの仕上げに移るゾイド。
この店は菓子屋でありながら、ランチメニューが存在するのだ。