第1話『流血無き苦闘』・5
再録。
無駄足を踏んだ事を苦々しく思いながらも、雨戸を開き、看板を引き出す。

『お菓子屋しゅがーぶれっど』

この店の名だ。
名付けたのは俺ではない。今は出払っている、主人である魔女だ。
それを裏付けるのが…箒に跨った魔女をあしらった看板。
内装も、若干、女性らしさが感じられるものとなっている。

(似合わない、と何度言われたかな?)

当時の知人の反応を思い出し、苦笑する。
曰く、職人を舐めている
曰く、硝煙の染みた手で、ミキサーを使うのか?
曰く、魔女の色香に惑わされたか、

…等など。
ショーウィンドウを拭きながら、苦笑する。
と、裏口の戸がカタリと音をたて、黒い小さな影がゆっくりと出てくる。

「ねぼすけ、め」

瞼を前脚で拭っている猫に向かい、一言かける。